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 子どもの頃から、自分の外にはなかなか手強い世界が広がっていて、それに押しつぶされないように、または負けないように生きなくてはならないのだ、と感じていた。

 なぜそう感じたのかといえば、時代と親世代の戦争神経症のせいだと思う。

 子育てしたり、フリーランスで仕事をしたりする中では、ある程度その危機意識みたいなものが役に立っていたのかも知れないが、そうこうしているうち、随分世の中の見え方が変わってきた。

 競争でもなければ、闘いでもない。

 他者と競うときは、ルールがあるべきだし、競っているという自意識がなくてはならない。

 それでも、スポーツでもない限り、ルールが明確なゲームというものはそんなにあるものではなく、私は今あなたと戦っているんだ、という自意識を持つ人も少ない。

 日本が平穏だから、油断しているんじゃないの、と言われればそれまでだが、私の人生はその平穏な日本に於いてもなかなかシビアだったので、必然、自分は人生と、あるいは世間と競い、戦っているつもりでいた。

 それが、ある日ポンと広い野原のような所に出た気がして、あらま、どうやら人生は、闘いや競い合いが基底にあるものではないらしい、と気づいたのだ。

 では、どんなものかと問われれば、好き勝手に生きている人たちが、たまたま出会ったり別れたりする場、とでも言おうか。

 各々の好き勝手を、縁あって出会った互いがどのように解釈するかが、出会いに対する充実感の分かれ目。

 自分は自己中心的に美しく生きているなぁ、と瞬時にでも感じられれば、大成功の人生だと思われる。

 自己中心は、「ジコチュー」とか呼ばれて忌み嫌われる側面もあるようだが、私は自分を惜しむことに決めたので、自己中心を忌み嫌う人たちとはつるまないことにした。

 自己中心で生きるにはそれなりの修行が必要だが、熟練すると大変すっきりする。要は、他の人から見て分かりやすい人になればいいのだ。

 世界に自分を惜しみなく与えよ!! かな...。

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 ブルーノート・トウキョウに、レイラが来た。私が歌手に成り立ての頃、大好きだったダニー・ハサウェイの愛娘。

 ジョー・サンプルとの素晴らしいアルバムを聴いて、本来の方向性はどんなかな、と気になっていた。

 アルバムはいつも、プレイヤー自身の欲求よりかなりポップに作るものだから。ライブでは、その奥行きの全貌が顕わになるはず。

 初日の2セット目ということで、音はやや固くはじまり、次第にこなれてくる。ベース、ドラム、ギター、キーボードの4リズムで、ごくオーソドックスなバッキング。キーボードはフェンダーのローズを基本に、ヤマハのRXとウーリッツァー。

 レイラは、深く低い声が魅力だ。 決してシャウトせず、ダイナミクスよりはテクニック勝負である。スキャットの内容の充実が素晴らしい。全体のサウンドも、必要最小限の音。徹底したセレクトと抑制の利いたアンサンブル。

 ベースがとくに面白い。半拍も遅れてるくらいの重たいビート。それでも推進力はあり、その不思議なビート感が心地良い。

 時代はここまで落ち着いたのね、という感じだった。

 成熟ということでいえば、ブラックミュージックは、公民権運動とモータウンサウンドを経て、巨大ビジネスがもたらした疲弊を、じっくりと知性で回復しようとしている様相。

 ラップは、かつてのプアーホワイトたちが奏でたカントリー・フォークと並ぶ詩の世界を完成させ、ジャズは、確立した音楽スタイルがアカデミズムに昇華されて世界に流布している。

 

 ライブといえば、総立ちで飛んだり跳ねたりはもう飽きた。

 だからといって、座ったきりで寝てしまいそうなのもどうかと思う。

 














商品名ニチベイ プリーツスクリーン コトン遮熱
サイズ・コード式
幅15~200cm・高さ30~250cm

・チェーン式
幅38~200cm・高さ30~250cm

・ワンチェーン式
幅43~300cm・高さ30~300cm

・スマートコード式
幅43~200cm・高さ30~250cm

※幅5mm・高さ1cm単位でのオーダーとなります。
備考
返品原則としてお受けできません。

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時には立ち上がって身体を揺らしもするが、座って聴いても充分心地よい。

内容が伝わる、浸みる、そういうライブをじっくりとやってみたい。

 中学高校からアート関連好きで、暇さえあれば本を読んでいるか、歌を歌っていた。

 「わたし、どんな大人になるのだろうか...」

 とぼんやり考えるとき、何か好きなことがひとつでもできていればラッキーだ、と思った。

 大学を出ると、しかし、人生設計というものはシビアだった。地元に帰るか否か、就職するか否か、結婚するか否か、選択肢はあみだくじのように次から次から現れた。

 その都度「勘」で生きてきた。歌手をやってみて、自堕落で世間が狭くなりそうな自分に戦き、結婚して子供を作るとその責任の重さに戦き、生活の肉体的なしんどさに驚き、知らなかった社会の広さに感心し、やりたいことの多さと気力体力のアンバランスに苦労した。

 ただもう、目の前に現れることを必死にこなしてきただけなのだが、気づくと、子どもの頃夢見たより以上、当時には想像もつかなかったたくさんの仕事をしている。

 いつの間にか、気づかないうちに、周囲は素晴らしく豊かになった。

 この魔法のような出来事を、私は誰に感謝すればよいのだろう。

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   ワールドカップサッカーを見ていて、ウルグアイとかパラグアイとかとペルーやブラジル、アルゼンチン、そして私の好きな作家ガルシア・マルケスの故郷チリなどが、南米大陸に於いてどういう位置関係にあるのかが知りたくなり、日本及び世界の地図を購入した。

 南米の位置関係については、さほど予想と違わず、「ふむふむ」と見たのだったが、驚愕したのがヨーロッパである。かつて、ユーゴスラビアだった場所が、現在は7つの国に分かれている。紛争地帯であることは知っているが、こんなに細かく分かれなければならない民族、あるいは宗教事情を思って、何とも複雑な気持ちになった。

 日本は島国だから、近隣の国々と袖を刷り合う頻度が少ない。だから、なおさら、「海外」という言葉のまま「外国」を感じている。海ひとつ隔てて刷り合う袖は、地続きに競べるとそれほど痛くはない。

 ヨーロッパの地図をつぶさに見ていて一番驚いたのは、フランスとスペインの国境上に、アンドラというちっちゃい国があったこと。何これ、誰か知ってた?と大騒ぎしてしまった。

 地図は、国単位から、地域単位に縮尺が変わり、さらに詳細なサイズへと移っていく。それでも、町の地図には届かない。その中に住む、人々までには届かない。それほど、世界は広く、多様だ。

 世界の人口は、中国とインドの2国だけで 24億人あまり。両国はそれぞれ10億人を優に超えるが、3位の米国は2億人台。この差、この人口力は本当にすごい。話しによると、国籍を獲得していない隠れ国民を入れると、両国の人口はさらに増えるのだとか。

 私が学生で、社会科で地理を勉強せざるを得なかったときに較べ、国の数は倍以上に増えている。この先も世界の「地図」はどんどん変化し続けるのだろう。多分、さらに小さな独立国へと分かれながら。

 高校時代から、絵を描く人とのつき合いが多い。

美大を受ける友達の、デッサンのモデルをやってあげたこともある。もちろん、ヌードではなく、服を着て...。

 

 いつだったか、沖縄から流れてきた、すごく絵の上手い青年と知り合って、絵を描くときの「物」の見方を教えてもらった。彼によると、脳みそを通常とは切り替えて、光を観るのだ、と言う。陰影だけ、とか色彩だけとか。物の形を観ようとしてはダメだ、と言う。そして、彼は日常生活でも数々の不思議な行動を私に見せて、突如、アメリカへと旅立っていった。羽田に見送りに行ったら、片手に電気炊飯器を下げていた。ヒラシキヤスジ君、君は今どこにいるの?

 

 その時、「そうか、形を観てはいけないのだ」と思って絵を描いたら本当に描けた。その道の人々のようには行かないけれど、私なりには、別の視点を得られたと感じた。

 

 以来、時々「あっ、今は絵の時だ」という瞬間が来て、色々なアイディアが湧く。そういう時はきっと、心の中で、あるいは脳の機能が、絵に向いた酵素をたくさん出すのだろう。

 

 そうやって描いた絵を、ブログのバナーとヘッダに採用することにした。スキャナーで取り込んで、当社の制作担当デザイナー、鴨下美穂がトリミングしたり重ねたりしてくれる。

 

 絵は結構貯まっているので、追々、季節感を大切に変更していきたいと思っている。笑わないで観てね。

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ZoolooZ に至る長い道のり

 私がプロデュースしたユニット、ZoolooZのレコ発ライブ、7/15日に、吉祥寺のMANDALA-2で、いよいよございます。

 

 私は18歳で、大学に通うため、単身北海道の田舎から東京に出てきた。田舎は、人口2万人くらいの余市町、というところ。

 

 通っていた小樽の高校では、混声合唱団に青春を捧げていたが、一方で、軽音楽部にも出入りし、フォークのオリジナルを歌ったり、極端にピアノの上手い同級生とジャズのデュエットをやったりしていた(この、極端にピアノの上手い同級生は、松田真人君といい、作編曲ピアニストとして活躍、多分現在は谷村新司さんのバックアップをしている)

 

 大学では、ジャズ研に参加。そこには、たまたまだったようだが、目を瞠るような凄腕が何人もいた。中のひとりがギターの加藤崇之。

 ちょうどライブハウスができはじめた頃だったので、在学中から吉祥寺のライブハウスで仕事を始めた。その頃に知り合ったのが、佐山雅弘、金澤英明、北島直樹、野力奏一、斉藤クジラ誠さんたち。そのうち、フュージョンブームが来て、ツアーやスタジオで活躍する人々からも声がかかるようになる。

 周囲にいたのは、初代スクエアのキーボード、宮城純子、今や売れっ子になっているアレンジャーの武部聡志、他色々な広がりで数え切れないたくさんのミュージシャンたちと演奏した。

 何となく、時期によってご縁があったりなかったりしたが、幅広いジャンルにわたる、彼らや彼女たちと若い頃に知り合えたことが、子育てを終えて音楽に復帰した10年前から大切な財産であることが明らかになってくる。

 

 ジャズと他のジャンルのミュージシャンは、活動の仕方が随分違う。

両方を見ている私としては、「もっと付き合えばいいのに」という気がする。目指すところ、拘るところが違うだけで、同じ音楽好き。上手く擦り合わせば、素晴らしいコラボができるはずなのに...。

 

 ジャズ・ミュージシャンとは、自分を音楽にする人たち。

技術的にも音楽性も、まず自分がいて、その自分が心地よい音楽に突き進む。1ヶ月の間に、ほとんど15日から25日くらいは毎晩ライブをやっている。お客様の前で演奏する時間は、毎日23時間。練習や先生職を入れるとかなりな時間、音楽をしている。演奏では、即興演奏をしている時間が長いので、自分の中から出てくるものを豊かにする、あるいは、自由に発想する、とりわけユニークに存在する、ということに命がけな人が多い。

 

 ツアーやスタジオ系の人々は、分析や対応力がすごい。多くの音楽スタイルを知っていて、その差を再現する能力がある。ジャズでもボサノヴァでもロックでも歌謡曲や演歌でも、それぞれの音楽が何をどのように組み立てて作ってあるかを知っている。

 楽譜を書いたり、初見で演奏する能力が大変高い。

 

 だから私は、ジャズの方たちとライブをするときには、シンプルなテーマを持つ、即興に向いた曲を中心に、自分を丸ごと投げ出して、化学反応のように繰り広げられるコミュニケーションを楽しむこととなる。テンポも、リズムも、大まかにしか指定しない。

 

 スタジオ系の方たちとライブをするときは、アレンジを決め、リハーサルを重ねて、細かにテンポ、リズムパターン、イントロ、エンディングの確認をする。歌もほとんどのフレーズを決めておく。

 

 音楽性は異なっているのだが、それぞれにとても素敵な音楽になる。

 ジャズの人は、俗に私達が「しかけ」と呼ぶ、リズムやパターンの決め事が苦手である。そういうものがあると、即興の自由度が削がれるらしい。

 一方のスタジオ系の人は、長い即興が苦手である。楽譜に書かれているとすごく上手く弾くが、好きにやって、というとアイディアに困るらしい。それは、作曲やアレンジの仕事でしょ、という感じである。短いフレーズならこちらの人はすごく上手いが、何コーラスも、となるとそうはいかない。

 

 両方の得意なことを、ひとつのバンドでやっちゃいましょうよ、というのが、大変長くなりましたが、ZoolooZの考え方である。

 ジャズ・ミュージシャンの中でも際立って自由な、面白くも楽しい発想とアイディアに溢れた加藤崇之。

 スタジオ系のアレンジャーの中でも、おたく??と感じるくらいマニアックな松下誠に曲とアレンジの提供をお願いして、アレンジものの演奏経験が長く、さらにライブも結構やっているツアーミュージシャンの多田文信と宮崎まさひろがリズム隊につけば、可能性はとっても広がるのではなかろうか。

 凝った曲にアレンジ、体力のあるリズムセクション、ロックとジャズのギターの対比、そしてスタンダードからブラジルものフリージャズまでカバーする加藤のギター。リズムセクションが変われば、ソロの内容も変わる。ジャズのクリシェにとらわれない自由度の高いソロは、不変の安定したリズムに乗る方がはじけるはず。

 私の妄想はどんどん膨らみ、ついにレコーディングを完遂。CD発売、配信にこぎつけ、さらにライブを決めた。

 

 このユニットでライブをするのは初めてである。

 しかし、レコーディングより、ライブに可能性のあるバンドであることは確信がある。

 加藤崇之の描きためたイラストを、ライブの間プロジェクターで照射したいという計画も進めている。

 それから、冗談のようなのだが、ZoolooZ豆絞り手ぬぐいなんかも売る予定。

 

 道楽ここに極まれり、であります。

 サッカー・ワールドカップでの昨日の誤審。

あのゴールが、正しく審判されていたら、ゲームは別の展開だったかも。

別の展開になって、世界中の人々の感情は別の働き方をしたかも。

 

この世に「たら・れば」はない。

無いと知っているけれど、世紀の一戦が、たったひとりの審判の誤審で別なものになってしまう。

時々、しみじみ思うことがある。

ひとりの力は、あっけないほど弱い。

状況によっては、ちょいと突き飛ばされただけで、たとえその人がノーベル賞受賞者であっても、大統領であっても簡単に死ぬこともある。

けれど、ひとりの行為が、期せずしてものすごいエネルギーを引き起こすこともできる。

 

それにしても、あの誤審。

世界中が見ちゃったね。

審判からは見えるはずのない、俯瞰位置に据えられたテレビ・カメラの図像で。

 

う〜む。

  誰ものでもない土地には、献品台のようなものがあって、通りかかった部族の男たちが、そこに捧げものを置いてゆく。

 誰のものでもない土地、No Man's Land

 広い草原の、なぜだかそこだけ樹木が生えていない空間。そこに、木で作られた餌台のようなものがある。

 ある部族が置いてゆくものは、別の部族にとっては未知のものである。しかし、ある時、通りかかった男は、その置き土産を何かの役に立つと直感して道具入れに放り込む。彼の道具入れはそれほど大きくないため、このところさっぱり出番の無かった別の道具は、不要かも知れないとみなされ、頂いた道具の代わりにその餌台の上に置かれる。

 そこに、また別の部族の者が通りかかり、不要品とされた道具を見る。彼も、それが前に通りかかった何者かからもたらされたものであり、いずれ何かの役に立つことだろうと直感する。そこでそれを取り、また別の何かを置いて去る。

 

 「もたらされたモノ」という概念は、人間にしかない。

 ここにはいない誰かを想像するという、過去を思い起こす力。

 そして、いずれ何かの役に立つだろうという未来へと向かう空想もまた、人間にしかない。

 これらの特別なアイディアが、人間という種の始まりにある。

 ブリコラージュ。

 この働きをそう呼ぶのだそうだ。

 

 私にとってのブリコラージュは何だろう。

 試しに最も苦手な「怒り」という感情としてみようか。

 「怒り」という感情を、わたしは長いこと「忌避」していて、その感情を制御できない人を軽蔑もしていた。

 当然の事ながら、私の周囲には、いつも怒りがあったが、それは、私にとって意味も無く特別に悲しいことだった。

 互いが思いやることなく、要求がましいばかりであるとき、私の心は痛む。

 甘えはまだしも、要求となると、事は残酷だ。

 誰かが、誰かのために打ち出の小槌であるとき、あるいは打ち出の小槌にされるとき、生け贄となる誰かは、奴隷のようにせかされ、使われ、搾取される。いつしか、彼または彼女は、その役割のためにしか存在できないと思い込んでいく。甘えるどころか、恫喝して恥じない人々によって、正当に怒る力すら奪われて...。

 私の怒りは、無能なる人々のために生け贄となってしまった「優しい人々」に向けられる。働き者は、皆に富を分配したのだから、それなりの権力を堅持すべきだ。

 それを放棄する人を、私は怒った。

 

 しかしその時はまだ、恫喝と怒りが別の働きであることを、私は理解していなかった。そのために、人生の半ばまで、自分の怒りを点検し封印して、じつは「優しい人」当人によって行使してもらいたかった怒りを諦め、あらかじめ無いものと仮定した世界で生きようとしたのかも知れない。

 思い返すまでもなく、分不相応に肥大した甘えはそこら中に充満していた。

 思い通りにならないのは、「誰か」のせいであると皆が声高く叫び交わしているように見えた。

 その「誰か」が他でもない「私」であるように、私の耳にはそう聞こえた。

 多くの人の暴力的な甘えを、力のあるものが吸い上げ、分別し、怒りとともに無意味化すべきだったが、「優しい人々」にはそれができないのだ。

 膨れあがった甘えの澱は、そのまま私の足下に汚泥として流れ寄り、私は怨嗟と妬みの渦の中で窒息しかけた。

 

 ふと気がついてみると、怒りは、No Man's Landに置かれていたのだ。

 何度通りかかっても、わたしはそのツールしか認められず、それが私には疎ましいものだったため、いつも底知れなく絶望して泣きながらそこを去った。

 けれどもある時、ついに私は、それを手に取らざるを得なくなった。それは恐らく、私の中に新しい力が必要となったからだ。

 私は、古い自分に対する怒りを手に取って食べ、飲み下した。私ははじめて激しい怒りの嵐を体験し、しかしついにそれが、怖れるに足らず、封印すべきではない感情であることを知った。それを使っても自分が損なわれるわけではないと分かったからだ。

 怒りの渦中から立ち戻ったとき、私はNo Man's Landに、私の道具入れに取り込み終えた「怒り」の代わりに、何か別のものを置いたと実感した。

 それこそが、「怒り」という贈与への返礼だった。

 気がつくと、私の前には暗黒のような深い穴があって、その果て、その底には、動かぬ真実が置かれているように思われた。

 暗黒の穴は、私の出すどのような答えに対しても決して「是」と言わず、それどころか、答えが私の口から発せられようとするや否や、さささ...と逃走する。掴み所がないのだった。

 手応えのない修行。

 けれど、どれほど失望の回数を重ねても、それでも必ず「是」はある、という確信は、幸い私の中から消えることはなかった。いつの瞬間か、必ず必ずそこに手を伸ばして触れることができるに違いないと想い続けた。

 暗黒を提供したものは師である。

 師は、家であり土地であった。

 師は際限のない、問いのかたまりと見えたが、それはただ、私自身が反映していた故に暗黒を深め続けていったのだと、長じてからやっと分かる。

 その暗さと深さは、私の推量によるものでも、あるいは師本来のものでもなく、ただ、私という存在の可能性の総量だったのだ。私の前に広がっていた暗黒は、私の想像力の大きさまるごとに深いのだった。

 

 私の家や町は、ただ私から、師というその役割を振られたに過ぎない。

 奥行きのない絵画が、見る側の想像力によって遙か彼方にまで広がりを持つときのように、対象は主体の写し鏡だ。

    

 私がその暗黒の役割を家に割り振ったのは、私がその家の子どもであるという確信からだ。唯一無二。他の誰にも代替できない、ただひとりの「娘」としてそこに在ることは絶対のように思えた。

 家の空気は、時として、私とは全く異質なものになった。

 その上ヒステリックに「否、否、否」と私を追い詰めるので、困り果てた挙げ句の行為が、その「否」の由来、理由を問い続けることだった。

 「是」が出るまで、是非ともガンバラナイトナリマセン。

 

 師が私に求める仕草は、いつまでも私に理解不能な暗黒だった。

 しかし、成長するには理解不能であることが何より重要だったのだ。

 理解への渇望によってかき立てられた想像力は、どこまでも私の可能性を押し広げ続ける。

 

 広げ続けてついに、私は思いもよらなかった場所、ノーマンズランドに立ち至った。

 誰の土地でもないその地の、誰のものでもない広場の真ん中に、先人が残してくれた素敵な贈り物が置いてある。

 その贈り物を手に取り、陽にかざして眺め、その使い方を考えている。

 「ミノタウロス」は、佐藤亜紀の小説。この作家の作品は、以前から色々読んでいて、どの作品にも深く感心したのだが、感動した作品とすれば「モンティニーの狼男爵」だった。

 感心する、と感動する、の差は、私の場合は、読了したときの爽快感に依るようだ。快哉を叫びたいようなカタルシスがあったか否か。

 単純だなあ。

 「ミノタウロス」は、数人の少年たちが、激動の無政府状態、ロシア革命の真っ直中を、それぞれの短い履歴に則って個性をむき出しに暴れ回り、ギリギリの駆け引きで生存しようとするも叶わず、死んでゆくという物語。

 やりきれないような設定である。

 壊れた社会の中で「生存」することの切羽詰まり方が、ものすごい描写力で立ち上がる。

 次いで、追い詰められる度に、火事場の馬鹿力だけで危機を乗り越えて行きながら、ついには自分の限界を悟り、自分らしいと感じられるシチュエーションの中で死んでいく彼らの在り方。

 人間がいれば生きながらえる装置として社会ができ、だがバグった途端、一瞬後には逆の装置として生存を脅かす。

 その渦中に生まれれば、脅威を当然のこととして相対し、彗星のように駆け抜けて燃え尽きるみたいに消えてゆく。

 その人生は、汚れ腐って腐臭を撒き散らしながら、死人の山を乗り越えて続く。なのに、なぜかとっても美しい。少年たちは、いずれもただの、どうしようもない破落戸(ごろつき)たちなのだが、その人生が、少しの不満も含まない、含む暇すらないことに、神聖さというか清々しさを感じるのだ。

 人間は、考える。

 ついつい考えすぎるほどだ。

 考えるのは宜しいが、下手の考え休むに似たり、と感じることも多い。

 何かから手を抜いたり、サボるためにも考えるふりをする輩が多いような...。

 考えて、自分なりのこだわりがあるかのように見せかけて、じつは、それすら怠惰の言い訳、身体を使いたくないためのサボりだったりする。

 逆に、考える行為が肉体的なときは、感動が湧く。

 身体を使ってから考えると、色々良いことがあるのよ。 

 「ミノタウロス」を読む前に、佐藤亜紀による創作のレクチャーとしてまとめられた「小説のストラテジー」という本を読もうとしていたが、こちらの頭が悪くてついて行けず、何度も手にとっては放っていた。

 それが、ミノタウロス読了後に再挑戦したら、嘘のように良く読める。

 佐藤亜紀の中にある戦略を存分に反映した作品を読んで、その後だったから、創作に至る運動の道筋を追えた、ということか。

 何か、身体を使った後に考える方法と似ている。